3. 黒ゴシック ツーピース【美香随想】 |
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『じゃぁ、行ってくるよ。』 目を覗き込んでそう言うと、軽く髪を撫でて部屋の明かりを消す。 大きな黒い鞄を重そうに担ぐと、ごんごん床を蹴って靴を履いて 片手に持った鍵束を小さく鳴らしながら、一度だけ振り返る。 少し悲しそうな目をしている。 #わぁ!どうしたんですか、これ!?可愛い〜♪ #美香に似合うかなーと思ってさ。買って見たんだけど。 #思ったより届くのが遅くなっちゃって。 #素敵ー!ありがとなー。めっちゃうれしー!! #いやさ。こういう思いっきり女の子っぽいのもいいかなーってね。 #可愛いなぁ。可愛いなぁ〜♪ #ははは。着てみる? #うん!! 暗い部屋の中でじっと耳を澄ませている。 アスファルトを踏むタイヤの音が大きく回って、遠ざかる。何も聞こえなくなる。 暗がりの中で、静寂の中で、ひとりで過ごす長い時間がまた始まる。 #できあがりっと。ちょっとウェストが緩かったから締め込んだけど。きつくないかな? #うん、全然平気ー。わ、袖がひらひらなんじゃなぁ(^-^)♪ #パニエも結構ボリュームあるなあ。 #この椅子じゃスカートがきれいに広がらなくてもったいないみたいだね。 #なんかなぁ、膝の上がふわふわしてくすぐったいんよー(*^-^*) #こうやって見ると雲の上に座ってるみたいだ。 #やー!もう、覗かんでぇよー。 椅子に浅く腰掛け、俯いて指先を見つめ続ける。 今日の会話を、昨日交わした会話を、繰り返し思い出している。 嬉しそうな顔を、照れたような顔を、その声を思い出している。 最初から最後まで、覚えている限りの全てをなぞり終わるとまた最初から。 厚いカーテン越しの空が明るさを増し、そしてまた暗くなって行く。 #なーなぁー。どんなんかな?似合っとる?変でない? #似合ってるよ、うん。 #自分で買っといて言うのもアレだけど、こんなに似合うとは思わなかった。 #ほんまかなー!嬉しいなぁー。えへへへ。 #あのな、美香…。 繰り返し繰り返し、記憶をなぞり続けている。もう何度目だろう。 記憶と現実の境目は、既に区別がつかなくなっている。 懐かしく聞こえるこの声は、もしかして記憶のそれではなく 今を流れる本当の時間の出来事なのかもしれない。 だとしたら、今生まれてきたばかりの一言一言がこんなに愛しいのは何故? #あのさ。これを膝の上に置いとくから。 #なんな?あー、ヒヨコ?ちっこいなあ。 #まぁ、なんだ。これをさ、俺だと思っててくれればいいかなって。 俯いた視線の先、膝の上の小さな黄色を両掌で包んでいる。 そこから伝わってくるもの。懐かしさ、暖かさ、穏やかさ。 不安を溶かし、寂しさを包んで、わたしの中に静穏を満たすもの。 #? #毎週、美香を置いて出て行くのが辛くてさ。 #もうしばらくは行ったり来たりを続けなきゃならないし。 #だからさ、こいつとなら美香も少しは寂しくないかなって。 #…。ほんならいつも一緒に居れるなぁ。 #そう。俺はいつも、美香と一緒に居る。 いつのまにか眠っていたのかもしれない。 窓の外はまた暗くなっていて、どれだけの時間が経ったのかもわからない。 気がつくと、その暗がりの中を近づいてくる足音に耳を澄ませていた。 扉の前で止まる。鍵を開ける。重たい荷物を降ろす。 部屋が明かりで満たされる。そして… 『ただいま、美香。変わりは無い?』 気遣うような笑顔。懐かしい笑顔。何度も繰り返し思い出した笑顔。 そして再び、時間が動き出す。 『おかえりなさい!お話ししたいこと、たくさんあるんですよ(^-^)』
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